新開清隆(ヴォーカル)

日曜日の午後いかがお過ごしでしょうか?
店長 中島さよりです。
新開清孝の辛口JAZZコメントでお楽しみあれ!

3 自分の好みを見付ける。

 聞く耳を養う事が大切だ。 これが備わらないと、頭の中に音は残らない。 
これはジャズに限った事では無く、全てのジャンルの音に当てはまる事だ。 
音楽、特に音に関する事となると、一を知って十を知る、と言う訳には行かない。 
知らない事だらけだ。
先ず、自分の好みを知る事で、そうしながら耳を養う事が大切だと思う。

 私は仕事柄殆ど毎日、八時間はジャズを聴いている。 
いや聞かされていると言った方が正しい。 時々ボーカルもやる。 
長い事プロのジャズ歌手として歌って来たのだから、堂という事も無い。 
身構え無くなったのだ。 

一昔前までは、何かと神経を使ったのだが、そんな時に限って良いモノに仕上がった記憶が無い。 
現在はそんなボーカルも、やっと楽しむコツを覚えたのか、STB139で有ろうと、うちの様に小さなハコでウナろうと、
何処で歌ってもアガラズ楽しめるようになった。 

自分の出す声(音)と頭の中のイメージが、徐々に一致して来たのかも知れない。
私は鈍い神経の持ち主なのだろうか、それとも単に年を取った斉なのだろうか? 多分どちらも正しいと思う。 
口が裂けても「ジャズが解ったから」などとは言えない。 
何せ50年も現役で歌って来て、やっとこの程度なのだから。

毎日店で掛かる音源は、音として残っている凡そ1920年頃から現在までのモノだ。
トリオから歌ものフルバンまで幅は広い、その日の気分で掛け分けている。 
多分、考えた事はないが、季節やその日の気候、などに左右されているのだと思う。 
何を掛けるか、あれやこれやと悩む事は殆ど無い。 
一度掛けてしまえば後は自然に選択して掛けている。

曲一つ一つが持つ雰囲気や音質が私の意識に働きかけ、自然に次の曲も選択して居る。 
真夏の蒸し暑い日に何故か、シナトラ辺りのクリスマスソングを聞く事も有る。 
聞きたくなるのだから仕方が無い。 
そんな時店に来た客は、当たり前のように不思議そうな顔をするが、そんな顔を見て私は心の中でその反応を楽しんでいる。

何が好きだと言う事も無い。 心の中に、頭の芯に、印象として残る音が好きなのだ。
初めは誰でも一からのスタートだ。 聞いて行くうちに自分の好みが解って来る。 
そこから少しずつ枝を伸ばし、それは何れ大きな木になって行く。
そこに自分の好みの木が出来上がる。 その木が何本かになれば、当然音の世界は広がる。 
それだけの事なのだが!何処と言って終りが無いのだから、仕方が無い。 
その木の数を増やしてゆくしかないのだから。